【女性の人生に寄り添うもの】口紅のとき

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文芸

6歳、12歳、18歳、29歳、38歳、47歳、65歳、79歳

その時々にひとりの女性におきた口紅のエピソードが書かれています。

鏡台の前に座って口紅を塗る母親が怖かった幼少期。

デパートに行くのだろうという高揚感と、母が知らない女のようにみえた。

大好きだったおばあちゃんが亡くなって、怖くて顔を見ることができなかったけど

母が口紅を塗った姿を見た時、もう祖母に会うことはないと知り号泣した。

高校の卒業式のあと、ボーイフレンドからもらったピンクの口紅。

きっとこのまま自然消滅なんだろうと分かっていたけれど、この口紅をこれから付き合う人の前では絶対使わないと桜の木の下で誓う。

結婚式でこれ使ってちょうだいと義母に渡された一本の口紅。

それをメイクさんが塗る前に、いつも使っていた使い古した口紅を渡した。

これからはじまるのは特別じゃなく、日常だから、いつもの自分でいたいと思った。

デパートの洋服売り場でみた自分の姿が、きれいを捨てていてぎょっとして。

今の生活に満足はしてることを確認しながら30分早起きして口紅をひいた。

学校にむかう娘が玄関で「ママ、今日いい感じじゃん?」

その一言にかつて口紅を塗る母親が怖かった幼き日を思い出す。

ママから女性に戻る時間があってもいいのだと。

17歳の娘の誕生日。

かわいらしい春色の口紅を贈った。

ある日娘の部屋の前を通ったら開いてた隙間の向こうで鏡に向かう娘をみた。

ゆっくりと壊れ物を扱うようにぬる姿に神聖さを感じた。

あの人のお見舞いに行くとき、ありったけの口紅を日替わりで塗った。

口紅を塗ってる場合じゃない時も。

20代にした小さな約束のために毎日口紅を塗った。私だけが覚えてるとしても。

それがあなたのお通夜でも、いつもと同じように口紅を塗る。

話したくなかった。

馬鹿にされてるのもいやだったけれど、思ったように動けない自分がもっと嫌だった。

お化粧しましょうね、無理やり顔に塗りたくられて辟易してる時に口紅を塗られた。

筆でゆっくりと丁寧になんども塗られたそれを手鏡で見た時10代の自分を思い出した。

一人の女の子が女性となって、人生のターニングポイントであるとき

どのように口紅がそこにあったのかの連作は、

索引をよむとなるほど化粧品のキャンペーンとして書かれたものなんだそうです。

広告自体は存じ上げませんが、きっと華やかなものだったとわかる内容でした。

タイトル:口紅のとき
著者:角田光代
出版社:求龍堂

口紅のとき

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