本)キルギスの誘拐結婚

ノンフィクション

【初回公開:2020/10/02 (Fri) 15:26】

「ものすごく理不尽だし納得いかない!!!」

に尽きました。

キルギス共和国(キルギスきょうわこく)、通称キルギスは、中央アジアに位置する旧ソビエト連邦共和制国家である。首都はビシュケク(旧名フルンゼ)。かつての正式国名はキルギスタンであり、改称以降も別称として公式に認められている。』
(Wikipediaより)

このキルギスで「アラ・カチュー」と呼ばれる誘拐結婚。
キルギス語で字義通りに訳せば「奪って去る」という意味だ。(本文より

「奪って去る」の文字通り、ある日突然妙齢の女性が全く知らない、
もしくは数度あったことがある程度の男性に誘拐され、強制的に結婚させられています。
キルギス全体の話ではなく、主に人口の七割を占める「クルグス人」
その女性の三割がこの「アラ・カチュー」誘拐結婚によって結婚させられているのです。
本書はそれを知った著者がキルギスに行き二度取材と撮影を行ったものです。

街ですれ違い、男性が女性に一目ぼれ。
しばらくしてから男性は女性を誘拐。
女性はバスに乗って逃れるものの、男性は友人とともにバスを追い
むりやり女性をバスから引きずり下ろしそのまま男性の村に。
おおむねこのような流れです。
誘拐の方法がデートに誘いそのまま拉致だったりもしますが
ほぼ無理やりです。
一度男性の家にいれられた女性は「純潔が汚された」となり
噂されたりするので女性の家族はそのまま結婚させるしかないのです。
女性に許嫁や恋人がいても、です。

男性は当たり前のように
それこそスマートフォンを買いに行くような気軽さで街に行き
「自分にふさわしい女性」を探します。
そこでたまたま見かけたり、働いていた女性を見かけて気に入ったら
友人らに相談。
相談してるショットもありましたが、男性はみな笑顔で
当たり前のように話してます。
そして複数人、複数の車で女性を誘拐するのです。
村には誘拐をしてくる、「お嫁さんを連れてくる」と話をしており
女性が無理やり連れてこられた頃には早いところではもう宴会を行ってる場合も。
男性の家に幽閉された女性は、男性の母親に説得されて結婚にしぶしぶ承諾…
この男性の母親も、誘拐されてきたのに、です。
誘拐された女性の中にはこの「アラ・カチュー」が「伝統」だと思い込んでる場合もありますが
これは伝統ではないのです。
(私もこれが伝統と思い込んでいたので該当部分を読んだときショックでした)
現在のキルギスでは「違法」とされていますが警察では「親族間のもめごと」になっており
犯罪とされることはないそうです。

25組の夫婦全員が誘拐結婚で結婚したもののその後、
幸せに暮らしている夫婦、
親に反対されていたために「誘拐結婚」を逆手に駆け落ちした夫婦
結婚後、夫のDVによって離婚
結婚のち自殺してしまった女性
結婚寸前に親族に助けてもらった女性
実に様々です。
若い女性はあいまいにわらいまだ幼いわが子を抱いていますが
高齢者夫婦の妻が一様に「これは悪い「習慣」だ」と言っているのが印象的です。
古くから伝わる叙事詩「マナス」にはこの誘拐結婚についての記
高齢者や語り部は「伝統ではない」と語ってます。

おんなのこのお母さん、そのまたお母さん(祖母)二人が誘拐結婚で結婚したのを知ったら。
さらに周囲のお友達のお母さん、いとこのお母さんもそうだったら。
だったら「伝統」と思われても仕方がないのかもしれません。
嫌でいやで仕方なくとも、結婚してしまったらすべての家事をしなければならない。
誰も知ってる人がおらず風習もわからない場所にひとりぼっちだったら
誰よりも憎い見知らぬ夫を頼るしかない。
その結果子供ができて、その土地になじむ。
それを著者は「女性はつよい」と書いていましたがそうではないと思います。
「幸せになる覚悟」なんてものじゃないもはや半分はこの「習慣」への呪いや恨みではないでしょうか。
そうでなければ高齢の女性がみな
「これは「悪い習慣」だ」というものでしょうか。
新婦のかぶる白いスカーフ、ドレスがとてもきれいなのに
彼女の笑顔が固まってしまってる現実はまだ終わってないことに悲しみを感じます。
結婚が女性が一番幸せな瞬間であるのは世界共通であってほしいです。

(著者はなんと女性でかなり美人さんなので、取材中大丈夫だったのだろうか?と
余計な心配をしてしまいました…)

『無理やり連れ去られる女性 結婚相手は「誘拐犯」』
ナショナルジオグラフィックのキルギスの誘拐結婚についての記事は「こちら」

タイトル:キルギスの誘拐結婚
著者:林典子
出版社:ナショナルジオグラフィック

【2020/10/26追記】

前ブログに記載した際にふぉろあーさんより「おっとい嫁じょ」という風習が日本にあったことをおしえていただきました。

【おっとい嫁じょは第二次世界大戦前までは鹿児島県の一部地域で残っていたものの、事件発生当時はほぼ失われていたとされる[25]。また風習自体は本来略奪婚ではなく、家庭の事情や経済的な問題からくる合意の上での駆け落ちであったことなどが記されている[25]。また、本件はこの駆け落ちであった風習を歪曲したものだとする考えも紹介される[25]。この件を通じて当時の教育委員会の主事、現地の青年団長、青年団連絡協議会副会長は改めて対話を通じて違法性を認識し、この因習をなくすことに注力することを語っている[25]。また『鹿児島毎日新聞』では「実刑三年でも軽い これを許す社会にも罪」と題した人々の事件や判決に対する意見をまとめた記事を掲載した他[26]、結婚観に関するコラムを掲載している[27]。本件は被告人の計画的な姦淫に関する事実誤認や被害者の負傷の回復に必要とされた日数とその根拠が不適切であること[28]、風習の認知度や周囲の勧めもあったことによる違法性の認識の欠如[29]、被告の背景や周囲の様子から量刑が重すぎることなどを挙げて控訴され、最高裁判所まで争われる[30]。しかし昭和35年5月26日に棄却され、三年の実刑となる[31]。】Wikipedia「誘拐婚」より

誘拐婚 - Wikipedia

Wikipediaの誘拐婚のページを見ると世界各国で同じような事例が行われていたことがわかります。

(たぶん現在も行われているところもあるのでしょう)

女性は男性のモノではなく一個人なのですがそれが世界共通認識になることはまだまだ遠そうで悲しいきもちです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました