ルポ「命の選別」 誰が弱者を切り捨てるのか?

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ノンフィクション

本書は毎日新聞のキャンペーン報道「優生社会を問う」をベースに、
担当した2人の記者が書き下ろしたものです。

旧優生保護法が改正されて四半世紀近くが過ぎましたが、
障害者への社会の理解は深まったのでしょうか?
障害者を取り巻く環境は改善されたのでしょうか?

新型出生前診断(NIPT)が拡大するのを利用した数多のクリニックの「検査ビジネス」は急成長中で、
「不安ビジネス」として社会問題化しています。
障害者施設が建設される際、いまだに周辺住民の反対運動が、最初の大きな壁となります。
そして、実の親による障害児の社会的入院、治療拒否……。

障害者入所施設・津久井やまゆり園(相模原市)での大量殺人が世間を震撼させている今日、
いまだ弱者が切り捨てられるわが国の現状を検証します。
(Amazonより

この本は重い。
重いだけでなく、どうしていいかわからなくてつらい本でもあります。
正解がないなら、知ればいい、当事者に聞いてみよう。
そう思った本です。
知らないから、不安だったりこわいのだと思ってます。

第一章 妊婦相手「不安ビジネス」の正体 新型出生前診断拡大の裏側

NIPT、日本語だと「母体血を用いた新しい出生前遺伝学的検査」と表記される。
一般的には「新型出生前診断」と呼ばれています。
妊婦から大さじ一杯分の血液をとって分析する。
妊婦の血液にはおなかに宿る赤ちゃんの染色体のかけらが胎盤から漏れ出て浮遊している。
特定の染色体を調べることによって、赤ちゃんの病気の確立を調べる。
この検査の特徴は、「陰性」の確立の高さ。
「陰性」なら染色体に基づく病気の確率は90%以上「ない」
「陽性」が出た場合は信頼性はその妊婦の年齢によって異なる。

誰しもが産まれてくるわが子が五体満足でいてほしいと望む。
産まれてくる子どもが重篤な病気か否か検査できるとしたら…
という親心を逆手にとったような「認可されていない病院が検査をしている現状」が書かれています。
この検査は自由診療で、クリニックが自由に価格を決めることが出来ます。
そのため、ぼろ儲け。
さらに検査してもはっきりわからないことまで「オプション検査」として組み込んでいるクリニックもあります。
不安でしょう?と営業トークで妊婦さんや親はお金を払ってしまうのです。
無認可の病院を利用してしまう理由はいろいろありますが
その中に「検査に行くのに会社に休みをもらいにくい」という今の働き方の難しさもあるようです。

日本だけ出生前遺伝学的検査が高いのはその利権の問題だったり
諸外国ではダウン症が減っており出生前遺伝学的検査は優勢政策では?という声もあがってます。
必ずしも減ってるわけではありませんし、諸外国は日本以上に障害者がうけいれられ働きやすいしくみになってる場所も多いと付け加えておきます。

第二章 障害者拒み「地価が下がる」 施設反対を叫ぶ地域住民

住宅街に精神障害、知的障害のある人向けのグループホームある。
事業者が最初の説明会を開いてから二年近く地域住民による反対運動はおさまらない。
本来ならばこういった施設を作る際に、住民らに説明会をひらく義務はない。
「何をするかわからない」「子供に何かあったら」「地価が下がる」
そういった事例や事件は全国的にほぼ起きてはいない。
諸外国ではNIMBY、ニンビーと呼ばれる。
「施設は重要だが、自分の近所には作らないでほしい」
20年前とある場所でも同様の反対運動が起きていた。今は施設に住まう人と仲良しだ。
「もったいない時間だった」
どのような施設で、どのような人々がいて、どのような活動をしているのか。
施設側が広く地域に知ってもらう活動をして今がある。

「もったいない時間だった」
これがすべてだと感じました。
人はわからないことに不安を感じます。
それを知っていくとゆっくりではありますが不安が徐々に消えていきます。
反対する気持ちはいったん置いて、知ろうとすることが大事だと思いました。

第三章 見捨てられる命 社会的入院、治療拒否される子どもたち

先天的に障害のある子供が産まれてすぐ手術やNICUに入ったとき、
親が子供の病気や障害を受け入れることが出来ずに
そのまま子供が病院にとどまり続けていることがある。
社会的入院といい実はたくさんこのような子供がいる。
また治療拒否をされて、十分な医療行為をうけることが出来ず亡くなる子供もいる。
障害があることによって親に虐待されることも多い。
頑なに障害児を拒否する親がいる一方で、丁寧に話をきいていくと
子供を育てる決意をする親も多い。

里親に出されたダウン症の子供の事例が書かれていましたが、
里親の方とダウン症の子供がとても幸せそうだったのが印象的でした。
「選べなかった命」での事例もそうなのですが
育てるのが大変といわれているダウン症の子供を預かったり、養子にされた親御さんは
どのケースも幸せいっぱいで見守っているのがすごいと思います。
見えない苦労はあると思いますが、それでも「普通の子供」として育てている姿勢が素晴らしいです。

(育てられない、受け入れられなかった親御さんが悪だとは思っていません。
産んでそのまま遺棄してしまった事件が起こる昨今、命をつないでくれていたことに
しんどかったよね産んでえらいおつかれさま、と思っています。)

第四章 構図重なる先端技術 ゲノム編集の遺伝子改変どこまで

両親から受け継ぐ一対の染色体の遺伝子のうち、どちらかが正常ではないと発症しない。
発病してない同じ遺伝子を持つ夫婦が出産した時、
わが子が発病して初めて自分たちが「保因者」だったと気づく。
ゲノム編集によって遺伝子を改変すれば子供が難病を発症しない。
だが遺伝子操作は「デザイナーベビー」につながるのでは?

「ゲノム編集が可能の世の中になったら「健康に産まれるのがよいこと」になり
社会に病気の人がいてはいけないのではないか?」
章の最後にあったこの言葉が印象的でした。
保因者だったことでわが子を「病気にしてしまった」親の気持ちと
障害者の人の気持ちはどちらも大事なものではあるのですが…

第五章 「命の線引き」基準を決める議論 受精卵診断と対象拡大

体外受精で作った複数の受精卵を検査し、特定の病気に関わる変異がないものだけ選び
子宮に戻す医療技術、それが受精卵診断
変異のある受精卵を選別、処分を行うのは「命を選別する行為」と強い反発がある。
障害のある人は「障害は悪」という世界になってしまう」という人も多い。
また遺伝子由来の病気に罹患してる子供をもつ親はこれを肯定的に見ている。
またこの検査は「スクリーニング」として何度も流産してしまってる人や、
不妊治療の一環としても行っている。
ずっと不妊治療を行っているが着床前スクリーニングをしたら
「すべての受精卵に染色体異変アリ」と結果がでたことで
前向きに今後を考えることにつながった人もいるという。

第四章のような「保因者」かどうかが調べることが出来ないならば、この着想前スクリーニングや
受精卵検診はありでは?と個人的に思いました。
最初は重篤な遺伝子疾患の疑いありの場合のみの検査がどんどんと解禁されるのは
不安に思う妊婦さんにはよいのでしょうが
この不安を逆手にとった「不安ビジネス」にもつながるとありました。

第六章 誰が相模原殺傷事件を生んだのか 人里離れた入所施設

2016年7月26日未明、津久井やまゆり園にて入所している障害者19人を殺害、職員を含む26人に重軽傷を負わせた。犯人である彼は3年3ヶ月この施設に勤務していた過去があった。
やまゆり園ではこの事件の前から虐待事件や事故、けがなどが度々報告されていた。
不信感を抱き他の施設にうつった入所者、職員もいる。

重度障害者向けの訪問介護はじゅうぶんとはいえない現状があります。
介護職に就く人も少ないことから、この重度障碍者向けの育成も難しいです。
またこのような施設に子供を入所させた親は、施設にたよざるを得なかったことを
「自分は子を捨ててしまった」と後ろめたく思い、
訪問することもなく施設に入れっぱなしの方も多いそうです。
訪問を重ねたことでわが子が虐待されているのでは…?と訴えに踏み切った方々もいるのです。

第七章 「優勢社会」化の先に 誰もが新たな差別の対象

新型コロナウィルスが蔓延している2020年、米国アラバマ州では
「重度の知的障害、進行性認知症、重度の外傷性脳損傷の人々は
人工呼吸器の補助の対象にならない可能性がある」
という指針が打ち出された(後に撤回された)
イタリアの麻酔鎮痛集中治療学会は、集中治療を行うかの判断について
「治療対象となる年齢に上限を設ける必要があるかもしれない」
日本では「災害時治療におけるトリアージの概念が適用される事態の時、
救命の可能性が低くなった患者から人工呼吸器を外し、
救命の可能性の高い別の患者に取りつける「再分配」を許容しうる」と示した。

介護ヘルパーを必要としているがコロナに罹患したらヘルパーにも移してしまうと利用を控える人、
デイサービスも利用中止になり家庭介護の時間が一気に増えたそうです。
国民すべてが命の優先順位を決めても仕方ないのでは?という雰囲気になっているのでは、と本書はいう。
コロナ専用の病床が不足してる今、命の選別はゆるされるのだろうか。

第八章 なぜ「優勢社会」化が進むのか 他人事ではない時代に

コロナ禍に直面した社会で、外出が問題視されリモートワークが推奨され
オンライン授業があたりまえになった。
コロナが終息したら日常に戻ったら、当たり前ができない人がいるのです。
満員電車に乗れない人、学校に通えない人、

選択肢をもっと増やしてほしいのです。

読んでみて

「障害者は「悪だ」となるかもしれない」
なんどもなんども本書に出てきた障害者の方の言葉です。
でも私個人ではそういうのを聞いたことがありません。
2章にあったように、健常者は障害者のことを知りません。
知らないので、街にて出会うとびっくりします(ごめんなさい)
でもそれが自閉症だったり心臓疾患だったり軽度の知的障害を伴っている方ですと
身内にいるものですから、端的に「知ってる」ので
普通に接することはできます。
「知ってる」から不安はありません。
不安がなければ、普通に接することが出来ます。
やさしくできるのは不安がない、自分が安心安全でなければできないと思っています。
自分に余裕がないと、他人にやさしくはできません。
なので障害者のみなさんも、健常者に近寄ってほしいなと思いました。
お互いが知れば、不安がなくなって理解もできるのではないでしょうか。
まずはそこから、のような気がします。

他の検査に関しては、お金と相談でやるやらないは個々の自由だと思います。
不安ビジネスは妊婦以外にもあることなので、
そこはちゃんと考えて夫婦で「どうするか」まで話し合ったうえで行うか否かは決めてほしいですし。
「選べなかった命 出生前検診の誤診で生まれた子」であったように、
受け入れられずに里親に出してしまう親御さんもいるとありましたが、
産んでくれてありがとうと思うのです。
最近また産まれた子供をどうしようもなく殺してしまった事例がありますが、
生きててくれさえあればなんとかなったと思うのです。
大事なのはどのシーンであれ「知って、自分で考える」ことだと思います。


ルポ「命の選別」 誰が弱者を切り捨てるのか? (文春e-book)


著者:千葉紀和、上東麻子
出版社:文藝春秋


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